カルマが解けた瞬間

目 次

頻繁に出会っていたAさん

瞑想にいらしていた女性のAさんは、わたしと同い年でしたが、背が高くてスタイルが良く、目鼻立ちがはっきりしていて、わたしとはまったく違っていたにもかかわらず、わたしはAさんのお顔を見ると、なぜか自分の顔を見ているような感じがしていました。前生で家族だったなど、Aさんとは近しい関係だったのではないかと思っていました。

知り合ってから、Aさんとは外出先で頻繁にお会いするようになりました。
スーパーマーケット内の通路を歩いていると、横の通路からいきなりAさんが出てきてバッタリと鉢合わせをしたり、薬局に行くとAさんが買い物をしていたり、ショッピングセンターから出るとAさんが運転する車がわたしの目の前を通り過ぎていったりというように何度もお会いしました。

3年ほど経ったある日、わたしがスーパーマーケットの、腰の高さほどの低いショーケースで商品を見ていて、ふと顔を上げると、前方からAさんが歩いて来るのが見えました。
3メートルほどの距離に近づいて来たとき、

「こんにちは」

といって、わたしは左手を顔の高さまで上げました。
その瞬間、

「あっ、カルマが解けた」

と思いました。
軽く言葉を交わしたあと、Aさんはその場から去って行きました。

その日からすでに20年近く経っていますが、その後Aさんとは一度もお会いしていません。あれほど頻繁に出会っていたのに、お見かけすることすらありませんでした。

Aさんとわたしとの間には悪いカルマがあったわけではないので、カルマを解くためのお祈りなどを行なっていたわけではありませんでした。解ける時期に出会い解かせていただいたのだと思います。
縁があるうちは出会うことになり、縁がないものは出会うこともないということを改めて知ることができました。

「引っ越していって会えなくなった」
「仕事を辞めていった」
「学校を卒業してから会わなくなった」

というようなときは、自分とその人とのカルマが解けたから会わなくなった場合もあります。離れて会わなくなってしまったことに対して、

「会いたい、会いたい」
「会えなくなって寂しい」
「関係をつづけておくべきではないか」

と、いつまでも思いつづけたり、強く気にかけたり、追い求めたり、無理に関係をつづけようとすることは、解けたものに対してまた執着をすることになりかねません。
縁があるものであれば、またいつか会うことになります。
自然の流れのままにして、気になるようであれば、その人が幸せであるようにと思っているといいと思います。

背後に解けたカルマ

Bさんという女性は、親族のSさんのことで苦しい思いをされていて、そのご相談にいらっしゃいました。
Sさんとのことを解くためにお祈りなど色々行なって1年ほど経過しました。
Bさんとお会いして、わたしの目の前にBさんが座られたとき、Bさんの背後にカルマが解けているのが観えました。

「カルマが解けましたね」

わたしはBさんにそういいましたが、Bさんはカルマが解けたことと苦しい現状とがどのように関わっているのかをまだ理解しきれていないようで、不安が消えていない様子でした。

それから1年半ほど経って、親族のSさんがご高齢のためにお亡くなりになりました。
Bさんはカルマが解けたことでSさんと離れることになり、長い間の苦しみから解放されました。

Bさんは、Sさんと自分との前生での関係を理解し、真摯な気持ちでそのカルマを解いていこうと臨んだため、解くことができたと思います。
「Sさんが悪い」と、すべてをSさんのせいにして傲慢な気持ちになっていたり、ヤケになって腹を立てるだけでしたらカルマを解くことができず、さらに長い期間苦しみ、来生にもカルマを持ち越して苦しみがつづくことになったと思います。

瞑想で解けるとき

では、瞑想でカルマが解けたときは、どのようになるでしょうか。

Cさんという男性は、父親に対していつも腹が立ち、憎しみさえ抱いていました。
父親の自分に対する言動が、どんなときも自分を否定、批判、攻撃しているように思えて、Cさんは父親を認めず、父親のすべてを拒絶していました。

Cさんが父親からの会話に対して怒りや憎しみの感情で反応するため、それに対して父親も腹が立ち、口調がさらに激しくなるという状況で、お互いに理解をしあったり相手の立場を考えたり尊重しようという気持ちがありませんでした。

Cさんはその親子の関係を瞑想で解いていきました。
父親に対する怒りや憎しみの感情を観ていきました。
それを観ていったとき、

「いつも腹が立っていたのは、父親が自分のことを認めてくれていないと思っていたからで、自分のことを認めて欲しいというのが一番強い思いで、認めてもらえていない悲しみが心の奥深くにあった」

ということがわかってきました。
自分で自覚していた感情は怒りと憎しみだけでしたので、自分の中にこんな「認めて欲しい」とか「悲しみ」があるとは考えてもいませんでした。
頭で考えているだけでは、本当の心を認識することは難しいことです。

本当の心を識ることができると、その執着や思い込みをしていた心は解けて消えてなくなります。

Cさんは、

「父親が自分を注意したり批判するのは、自分が気がついていないことに気づかせてくれるためにいってくれていたことで、それはわたしという人間を否定していることとは違うことだった」
「自分が否定されることを受け入れたくないし、認めたくもなかったので、硬いカラを作って必死に抵抗していた」
「自分が父親を理解しようとしなかったり、父親の思いに歩み寄ろうとしないで、頑なに父親を拒絶していたため、父親も感情的な対応になっていた」

ということがわかってきました。

心のエネルギーは認められたいという思いに強く向いていたため、仕事や日常生活や対人関係に心をきちんと向けることができていませんでした。
そのこともまた、父親が心配、批判する理由でもありました。

自分の心の在り方を理解し、そこからさらに深いものを解いていったCさんは、父親に対する接し方が大きく変化しました。怒りの感情でしか反応できなかったものは消え、悲しみも薄らいできました。

父親の立場や思いに心を向けられるようになったことで、父親に心を開くことができるようになりました。Cさんの心の在り方と態度が変化すると、おのずと父親の気持ちも和らぎ、穏やかな気持ちでCさんを理解しようと努めるようになりました。

Cさんが自分の感情の執着や思い込みを解いたことで、父親とのカルマが解け、Cさんと父親との関係性が変わりました。
瞑想で自分が執着している感情を解くことで、カルマを解いていくことができます。



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